期待するのは勝手だが、本人の気持ちは無視しない方がいい
みなさん こんにちは おりばーです。
皆さま、上司や先輩から「期待しているから厳しくしているんだ」…と言われたことはないでしょうか?
先日、仕事上でこういった内容でモヤモヤすることがあり、釈然としない気持ちを引きづったまま日々を過ごしていますので、今日はそこについて語っていこうかと思います。
期待しているからあえて厳しくしている
僕は、勤め先の会社で日々上司から、厳しい言葉や罵声を浴びせられて仕事をしています。
それを言われるたびにイヤな気持ちになり、労働意欲がほぼゼロに近くなってしまうのですが…
生活のためにイヤイヤ耐えているといったところです。
そんなある日の事、この上司と面談する機会があったのですが、その時にこんなことを言われました。
それはおりばーに期待をしているからなんだよ
成長の期待を込めてあえて厳しいことをしているんだ
僕は、この言葉を聞いてものすごいモヤモヤというか、ザラっとした気持ちになりました。
成長のために厳しくすることって効果的なのか?
まず思うのが、成長のために厳しくすることが果たして効果的なのかということです
確かに成長をするためには、ある程度の負荷をかけないといけないと思います。
また、一流アスリートで世界を狙うような人なんかは、シビアな世界で勝ち抜いていかなくてはならないので、必然的に厳しいトレーニングを積む必要があるというのは理解できます。
だけれども、仕事上で理不尽に耐えたり厳しい言葉で罵られることが、成長につながるとは僕はどうしても思えません。
僕のなかで、仕事上の成長するとは、「何かが新しくできるようになる」ことだったり「新しい考え方ができるようになる」という定義があります。
それには経験を積んで業務上必要なスキルをつけ、新しい考え方に触れるようにすればよいだけであり、必ずしも理不尽に耐えたり罵声を浴びせて精神的に追い詰める必要はないと思います。
僕にとっては、この上司は「成長のために…」という体のいい言葉を免罪符に、単に好き放題八つ当たりして、憂さ晴らしをしているだけなのです。
どんな指導をしても良いですが、相手に真意が伝わり、本人が到底納得できない内容なのであれば、それは指導としては失敗なのですよ。
思うに、この上司も若い時に理不尽な目にあったりキツイことを言われたりして、そんな中で仕事を覚えていったのかもしれません。
…という考えが根底にあるんだと思います。
ですが、それは単なる生存者バイアスです。
人間、理不尽なことに遭遇した場合、そのことに意味を見出したがる生き物らしいです。
「自分が受けてきた理不尽なことや辛いことにも、意味があったことなんだ」と思いこもうとしているだけなんですね。
そう思わなきゃ、とてもやってられなかったんでしょう。
ですが、成長できたのは、単に仕事に慣れてきただけだったり、経験値が溜まって出来るようになっただけだったり…
厳しくされたこととの因果関係があるわけではないんです。
必要な知識や技術を身に付けられたり、経験を積めさえすれば、必ずしもそこに厳しさは必要はないのです。
自分が厳しく育てられたからといってそのやり方を正とし、それをそのまま下の世代の人たちに繰り返してしまうのは、いかがなものかと思ってしまいます。
相手の性格やタイプを考慮しないで、端的に厳しくするのは逆効果
そして、成長のためにあえて厳しくしているといういい方をして、部下に詰め寄っている人に言いたいのですが…
そのあえて厳しくする指導方法は、部下のタイプによっては逆効果な指導かもしれないということです
世の中には色々なタイプの人がいます。
厳しくされることがプラスに作用する人もいれば、マイナスに作用する人もいるんですよね。
厳しくされることがプラスに働く人
・厳しくされることが何よりも大好きで、そこに成長を感じられる
・きついこと言われても「なにくそ!」という精神で逆に励みに出来る人
こんなタイプの人は厳しく指導することがプラスに働き、結果的に成長に結びつけることが出来るでしょう
ですが、当然ながら皆がこういうタイプではなく、意味なく厳しくされるとやる気がそがれてしまったり、かえって自信がなくなってしまい委縮して力が出せなかったりする人もいます。
厳しくすることがマイナスに作用する人もいるんですよね。
厳しくされることがマイナスに働く人
・意味が見いだせない厳しさや理不尽に対し、腹立たしくなってしまいネガティブな気持ちしか湧いてこない
・厳しく言われると自信がなくなってしまい、委縮してしまう
僕自身も、厳しくされることがマイナスに働くタイプの人間だと思うので、
あえて成長のために厳しくしているという上司の目論見は、見事失敗しているといえます。
相手の性格やタイプを考慮しないで、端的に厳しくするのは成長という観点で行けばまったくの逆効果になってしまう場合もあるのです。
そして厳しく指導して、本人の成長につながらなかっただけならまだマシで、最悪イヤになって会社を辞めてしまったり、心を病んでしまったり…
色々な意味で人材が確保できないという、デメリットが出てきます。
上司たるもの、相手のタイプを見極めて指導すべし!
なので、厳しくするのはどんな部下に対しても有効な手段ではないので、相手のタイプや意向を考慮したうえで慎重に行わないといけません。
そういいたくなる人もいるでしょう。
だけれども、その部下が本来持っている力を100としたときに、ちゃんと100の力を出し切ってもらうためにはどうするか?ということを考えるのも、上司の務めだと思います。
例えば、厳しく指導することで成長するAさん
あまり厳しい言い方をすると委縮してしまうBさん
この2人の部下に対し、厳しい指導をしたとします
・厳しく指導して成長するAさん
持っている力100に対し100の力が出せる
・厳しい指導をするとかえって委縮してしまうBさん
持っている力は100だが、出せる力が40にDown
⇒本来は200あるチームの力が140にダウン
厳しくすることで部下が力を出せなくなり、チームのアウトプットが低下してしまうことも十分起こり得るのです。
…という意見もあると思います。
ですが、アウトプットとして最大限の力を出すことを考えれば、厳しくする/しないを人によって使い分けても良いんじゃないかと思うのです。(※)
その方が、会社的にもプラスになりWin-Winだと思うんですが…
※ただし、厳しく接するAさんには、厳しくすることに対して本人の意向や同意を得た上で、いい仕事をしたときには思いっきり褒めたりとか、待遇を少し良くするとか…
少し念入りなケアも必要だと思います。
上司たるもの、部下のタイプを見極めて効果的な指導を心がけてほしいものです。
まとめ
・成長のために厳しくしているというのは、単に上司の憂さ晴らしの免罪符の可能性がある
・厳しくされることと、成長することとの間に明確な因果関係はない
・上司たるもの、部下のタイプを見極めて本人が力を発揮できる指導をすべし
人を育てるというのは、確かに難しいところもあります。
本人が成長するためにはどうしたらいいか? 非常に悩ましいところではあるかと思いますが…
勝手に相手に期待し、成長を願って厳しくするという端的な方法は、これからどんどん難しくなっていくと思います。
皆が理不尽な目に合うことなく、無理なく成長が感じられる組織になってほしいですね。
それでは、本日はここまで
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